明日は2017年3月11日(土曜日)東日本大震災を忘れない

2011年3月11日午後2時46分。突然大地が大きく揺れ地震が起きました。ここから始まる東日本大震災は、人間が予想した範囲を遥かに超える規模で被害をもたらしました。

今でもこの被害と戦っている方がいる中で、この日に東日本大震災のことを書くのは……と、悩みましたが、あの地震が起きた日の自分を振り返ることで、思いを新たにできるのでは? と思い、書いてみることにしました。今でも忘れることのできない3月11日とそれ以降の半径の狭い個人的な記録です。

(当時の地震に関して細かい描写があります。ご気分を害される方がいらっしゃるかもしれません。読み進めるのはご自身の判断でお願いいたします)



 

猫をキャリーに押し込み犬のリードを持って、ただ画面を見つめるしかできなかった

地震が起きたのは午後2時46分。あの揺れにすぐに立ち上がり、「大丈夫だよー」と犬と猫に声をかけテレビをつけました。このとき自分が住む北海道札幌市近郊の震度は3。地震が恐くてしかたがない自分にとっては、悲鳴を上げるレベルの恐怖感でした。

テレビの画面では、地震速報が更新され続けます。どのチャンネルも特別番組になり、地震の大きさを伝えます。報道される津波警報の範囲の広さに愕然としながらも、PCをツイッターとFacebookにつなぎ情報を集めました。

次々と入る恐怖の報告。それを見ながらどんどん怖くなりつつも、子ども達をつれて避難できるように、と、犬には胴輪とリードをつけ、猫2匹は大きめのキャリーに押し込み、リュックにとりあえずのものを入れ、ガレージを開けました。

とにかく、避難できるようにしたかった。

あれやこれやとバタバタと避難の準備をしながら、テレビとPCを横目で確認。自分がいる地域は津波は大丈夫、でもでも避難勧告が出たらすぐに! と、居間でコートを着て、リードを握りしめてました。

足下に置いたキャリーの中で、にゃんこは訳が分からず「ムームー」と文句を言ってましたが、わんこはいつもと違う雰囲気を感じ取り、横に座ってこちらを見上げます「いつでもコマンド出してね」って顔しながら。

その顔を見て、なんとなく安心した時に目にしたのが、仙台空港に津波が押し寄せる映像でした。画面上では音もなく、静かにゆっくりと、津波が進行していきます。まるで空港を狙う意思があるかのようにまっすぐに。

それを見て、力が抜けました。現在進行形で起こっていることに、全くついていけなかった。あの波の先には建物があり、中にはきっと人がいる。そう思うと尚更怖くなり、その場に座り込みました。家の窓の外を眺め「もしも、ここを津波が」と想像して、また怖くなって。わんこに抱きついて、ただ黙ってテレビを見てました。

地震発生から1時間ほどしてから、にゃんことわんこを解放。何時停電になってもいいようにと(なぜか)大量にごはんを炊き、お風呂場に水を溜めました。きっと、まだ怖かったんだと思います。テレビでは津波の被害を生放送で伝え続けます。あの波の下に人が……そう思うと、何かしないではいられなかった。

 

SNSは救助を求める声が溢れた

ツイッターでは、救助を求める声が増え始めます。

「(住所)で閉じ込められてます。(名前)です。スマホの電源がなくなりそうです。救助は向かってきているのかだけでも知りたい」

「○人で(住所)に避難しています。1階は浸水しているので2階にいます」

夜になってもその声はやまず、読んでいるだけで居ても立ってもいられなくなりました。誰かが救急に連絡しているはず。だから大丈夫。そう思い、静観していたのですが、あるツイートに目がとまります。1時間以上もツイートしつづけているその方は女性で、子どもさんと一緒に閉じ込められているということでした。

気になって仕方がなくなり、でもこんなことで救急に連絡をするのは迷惑だと思い、でも、でも……

その頃には、Facebook上にこの地震に関する情報を集めるページができていて、そこでたくさんの情報を読みました。そこを読んで、冷静になって、あの彼女のツイートを読んで、気になって気になって。

「救助を必要としている人の情報はここへ」

その一文と電話番号が共有され始めました(確かFacebook)。救助をする機関(だったはず)の電話番号で、救助を必要としている方で、住所がはっきりしている方の情報はこちらへ。とのことでした。

夜は更け、ほぼ深夜という時間帯です。悩んで悩んで、電話をしました。迷惑行為だという自覚はあったけれど、子どもさんと一緒に苦しんでる方が見落とされていたらと思うと……普段は考えられないほどの勇気を振り絞って、受話器を持っていました。

相手「はい!(救助関係の名前)です」

あたし「あ、すいません。北海道から電話をしています(自分の名前)と申します。ご迷惑だとは思ったんですが、ツイッターでずっと救助を求めてる方がいて、××さんという女性で子どもさんと一緒です、住所は○○で」

一気にまくしたてます。自分と話をしている時間が長くなると、迷惑だと思って。

相手「はい、はい、ちょっと待って下さいね。ああ、情報来てます、確認済みです」

あたし「わかりました。すいません。ではツイッターでご本人に、救助の方で確認済みなので大丈夫って伝えます」

相手「はい。わざわざありがとうございます」

あたし「すいませんでした。ありがとうございます。あの……がんばってください、応援してます」

相手「ありがとう!」

受話器を置きました。汗をかいてました。なぜか泣いてました。自分が言ったことを思い出しながら書いてますが、なんて幼い言い方なんだろうって思います。でも、あのとき「ありがとうございます」って言われて感動したんです。絶対的に大変な状態で対応しているはずなのに、こちらに優しさを示してくれたことが嬉しかった。だから、応援してるって言いたかった。

受話器を置き、すぐにツイッターのあの彼女に伝えます

「救助の方で確認済みだそうです。大丈夫です」

「安心しました。ありがとうございます」

ツイッターの彼女は、そう言ってくれました。自分は安全であたたかくて不安のない場所に居て電話しただけなのに、現在進行形で戦ってる方たちに「ありがとう」って言ってもらってしまって。うれしいけれど、もっと何かできたのではないだろうかと思い悩んだ夜でした。

 

何かしなくちゃ!何すればいいの!

焦りが募ります。被害は甚大で、避難してる方も多くて、亡くなられた方、行方不明の方もたくさんいらして、家も車も船も津波にさらわれ……何かしなくちゃ、何を、何すればいい?

冷静に考えれば、この時点で素人の自分ができることなんてないんですよね。できることはほんとうに限られてて……

地震発生から2週間とか3週間くらい、ずっとSNSに張り付いてました。ツイッターで「○○でお風呂に入れますよー」って情報をFacebookの情報共有ページに転載して「ツイッターの○○アカウントさんより転載」とか書く。その逆もやってて「××でお水が出るよー」のFacebook情報をツイッターへ……

きっとね、あたしがそんなことしなくても、誰も困らなかったと思うんです。他の誰かが情報共有してくれただろうし。でも、何かしていないとどうにもこうにもできないって気持ちだったので、ひたすらにやってました。今思うと、「自分はこれをやっているから少しでも誰かの役に立ってる」って思って、安心したかったのかも。

その後、Facebookでご縁ができた仙台の方とお話ししてて、必要だけど絶対量が足りないという安全ヘルメットを探して札幌中を走り回ったり。結局3個しかみつけられなかったんですよ。もっとたくさん送りたかったのに悔しかったなー。でも、その3個には、後頭部にたらこ唇のウルトラマンを書いて送りました。ぶちゃいくなウルトラマンを見て、子どもちゃんが笑ってくれたらいいなーって思って、唇は(いつもより)厚めにしておきましたよ。誰か笑ってくれたかな。

 

そしていま、なにをしてるんだろ

2017年3月11日で地震から6年が経ちます。もう6年。でもやっぱり、まだ6年。

地震発生後、あんなに「何かしなきゃ」って焦りを感じた自分は、今も地震や津波の被害と、様々な形で戦う人たちのことを、ちゃんと考えてるんだろうか。ちゃんと今も、あの時のように、行動を起こせているのだろうか。

答えはNOです。今の自分を見たら、ウルトラマンを書いた自分は確実に怒ります。

「自分はたまたま“その場”にいなかっただけ。たまたま北海道に居たから、今があるだけ。理由もなく被害に巻き込まれた人たちが、自分の友達だったら、家族だったら、どんな気持ちになんのよ! もう少しちゃんと考えなさいよ!」

絶対、半泣きでこう言って怒る(自分の性格は自分が一番わかってますのでね)。

東日本大震災後も、いくつもの自然災害があり、その度に思うのが「自分はたまたまその場にいなかっただけ」ということです。病は罹患する人を選ばないように、災害も相手を選ばないと思うんですよ。たまたまそこに居て、巻き込まれてしまった人たちへ、できることって、なにかあるはず。

震災後に耳にしたフレーズで、とても印象に残っているのが「できる範囲で、ずーっと」というものです。ボランティア活動に求められる姿勢を表したものだと記憶しています。これって、ほんとだなって思うのです。自分ができる範囲なら、ずっと続けられる。そして、復興なんて一気に終わるものでもない。だから、ずっと、ずっと。

当時、このフレーズを聞いて、なんだかとっても楽になったんですよ。不謹慎な言い方かもしれないけれど、何が何でも正義の行動をして、たのしいことは我慢して、っていう精神状態になっちゃってた自分の気持ちを、ほわんと解放してくれた。「そうだ、自分ができることを、ずっと長く続ければいいんだな」って。

思い出せ自分。できる範囲で、ずっとずっと、だぞ。

そして今、自分が無理なくできること、それは募金。今までもやっていたけれど、頻度をふやそう。

なぜ募金か。まず第一に気軽。信用できる募金箱はけっこうあちこちにありますよね。アレを見つけたら、何の募金かを確認して、少しでもいいから入れる。小銭でいいんです。自分ができる範囲なんだから。だれかのおにぎりにでもなればいいなーとか思いながら入れます。

そして自分をほめます「あたしっていいやつ」。次に募金した時も、また自分をほめる「やるな、あたしってば」。自画自賛です。ここが大事なポイントです。この肯定感が次の行動を気持ちよくしてくれるのです。だから何度もしようと思う。できる範囲でずっと、ずっと。続けて行こうと思っています。6年前の自分に怒られないように。

6年前、救助を求める方の情報を伝えるのに電話をしたり、SNSで情報をシェアしたり、そういった行動が本当に正解だったのかはわかりません。でも自分がしたことを、あの時の必死な気持ちを覚えておこうと思うのです。

忘れることなんてできないっていうのが正直なところですけど、覚えていることで、これからの自分の行動も変わって行くのかなと思うんです。できる範囲で募金したりしながらも、いざ時のためにちゃんと備える。コレが両立できて初めて、6年前の自分にほめてもらえそうな気がします。

最後に……震災で日常が奪われてしまったみなさんに、早くあたたかな日常が帰ってきますように。ドキドキとわくわくとニコニコがたっくさん降ってきますように。夜お布団の中で目をつぶる時に、安心してゆったりとできますように。心から願っております。



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